夏休み前に寄付をしたNPO法人から9月中旬にお礼のメールが届きました。
ひとり親で3食しっかり食べられない子供たちに少しでも役に立てられればと、年3回(春休み、夏休み、冬休み)の前に少しまとまった金額を寄付しています。
学校給食が大切な栄養補給であり、給食でお腹を満たす子供たちがいます。
ひとり親で、給食がなくなると満足に食べられない子供たちがいます。
夜、兄弟姉妹で母親が帰ってくるのを、心細く待っている子供たちがいます。
今の日本、豊かですが、貧困世帯の子供は、9人に1人という統計があります。
私が、この団体や動物愛護団体、赤い羽根簿記などに積極的に寄付をするには、私の中学、高校時の体験によるものです。
私が高校生の時、父親が経営していた建設会社が潰れました。中学の頃から経営は思わしくなく、反社の人間に真夜や明け方などに取り立てを受けて、母親は参ってしまい、私は弟を庇いながら反社の人間と対応をしていました。父親は繋ぎ繋ぎで経営をしていたようですが、結局、借金でした。
父親の建設会社が潰れたその後、高校2年生の時に頼みの母親が交通事故で7年間入院してしまいました。(その事故の後遺症で今も正座ができません)母親がいない今まで住んでいた家から家財道具を持ち出し(担保にして借金をしていたのでしょう)春日井駅前の旅館から高校に通う生活が続きました。
もちろん、中学、高校と勉強するような環境ではありませんでした。父親の会社がいい時期も沢山ありましたが、決まって半年に一度くらい借金問題で家の中が揉めるんですね、、。家の貯金や私の貯金やカメラまで持ち出していました。
まだ母親が正社員として不動産屋の事務員で働いていた時は何とかなっていましたが、交通事故にあってからは、父親の会社は潰れるし、弟はグレちゃいますし、授業料も払えないような状態でした。ですからご飯がちゃんと食べられない時があるんです。
支援してくれる父親の友人のおかげで賃貸マンションに移り住み、父親も友人の会社に施工管理技士や建築士として働き始めて、ようやく生活が安定し、高校もバイトの許可が出て卒業、大学もその方の紹介で入学しアルバイトをしまくって卒業できました。
中学2年までの成績なら違った高校に行っていたでしょうし、大学も行きたかった大学ではありませんでしたが、今こうやって21年間、行政書士、特定行政書士として娘2人に留学何度もさせ、希望通りの大学に行かせて、家庭を持たせられたのも多くの方のご支援や助けによるものだと思います。
ですから今できる事を少しでもお返ししたいと言う気持ちから、これからも色々と寄付をしています。
ここまで、長々と説明が必要なのは、偽善だとか言う方がいるからなんですね。井戸も中学高校と大変な時期があり、助けてくれる人がいたから、今の井戸がいますので、寄付をすることで少しでもご恩返しになればと思っています。
まあ、偽善と言われてても、やらないよりは絶対に役に立ちますから、これからも色々な団体に寄付をしていきたいと思います。

